どうなる日本

 11月2日(土)、前校長である氷上信廣氏(1963年卒)と、首都大学東京教授である宮台真司氏(1977年卒)をお迎えし、創立120周年記念行事・「連続教養講座」の第3回目が、「どうなる日本、どうする日本 ― 日本の若者・教育、その未来について語る―」と題されて開催されました。

 「講座」は、氷上氏が聞き手・進行役となって進められました。まず最初に、氷上氏は、ご自分と宮台氏との出会いや麻布時代の氏の印象について語られました。氷上氏は、宮台氏が立ち上げた文学的サークルの顧問であったそうで、どちらかと言えばおとなしい生徒であったと記憶されているそうです。さまざまなメディアで宮台氏が活躍されるようになって、いわば追っかけのように、できる限り著書を読んできたそうで、今回のテーマに関連するものとして『14歳からの社会学』(世界文化社、2008年)と『日本の難点』(幻冬舎、2009年)を紹介されました。

 宮台氏は、いわゆる「援助交際」をめぐって1993年にマスコミにおいて注目を浴びて、「極悪人」となってしまったと自己紹介をはじめながら、最新刊(電子書籍)である『愛のキャラバン』について語られました。それは、ナンパ講座の記録ではあるけれども、そこにある本意は、世間の「ナンパ塾」的なものへの違和感であって、「人(他人)を幸せにすることのできない人間は、絶対幸せになれない」という、自らの経験に裏打ちされた確信を伝えることにあるとおっしゃり、大きなテーゼを提出されました。

 付き合っている女の子を幸せにする力がなければ、自分も絶対に幸せになれないのであり、その力は、親だったら、子どもを幸せにする力、社会人だったら、一緒に働いている仲間を幸せにする力に結びついているものである。「幸せになること」は、東大に入ることでは決してなく、東大合格は手段のうちの一つでしかないのだ(手段であるとも限らないのだ)。むしろ、東大に入るために何を犠牲にしているのかを知らなければならないのに、ポジションに対する周囲からの承認を求めるように、競争を勝ち抜いて上位に、いい大学に、いい会社に行くことを目的にしているのではないか。そうであれば、幸せになることは不可能なのだと、宮台氏は厳しい指摘を繰り返されました。

 宮台氏が麻布に入学したのは、ちょうど学園紛争が激しくなった時で、学園は奇妙、不思議な空間、一種の祭りのような空間だったそうで、そこから学園生活を出発させた氏は、氷上氏からエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を紹介されたりしながら、読書体験を積み、自力で自由に考えることができるようになったとおっしゃっていました。

 しかし、現在においては、人間関係におけるセンス、政治的感受性などの社会意識が劣化しており、若者にとって、自らをステージ・アップさせることがきわめて困難な環境になっている。そう思うからこそ、宮台氏としては、「ナンパ講座」の実践を通じて、人を幸せにするということがどういうことなのかを感じ取ってほしいのだと語られていました。

 氷上氏は、自らの学生時代の紛争体験を振り返り、自分自身を深く問い詰めることで、自分を縛っていた枠が取れ、自由というか、幸せを感じたそうで、その幸せ感が、麻布で生徒と向かい合うことの基本になっているとのことでした。そして、「どうなる日本、どうする日本」という今日のテーマも、結局のところ、いかにしたら我々は幸せになれるかということを考えることに他ならないだろうと指摘され、「人(他人)を幸せにすることのできない人間は、絶対幸せになれない」というテーゼをめぐって、宮台氏のお話しが展開されました。

 休憩の後、会場からの様々な質問に宮台氏から答えていただきました。その中には、ずっと男ばかりの麻布で暮らしてきて、初めて女の子に恋をしたのだけれど、一体どうしたものかと困っているという生徒からの質問というか訴えもありました。それに対して、宮台氏は実に懇切丁寧にお答えになり、面倒なプロセスこそが大切であると、散歩を勧められました。会場からは宮台氏と生徒への大きな拍手が湧きました。

 前半でのお話しが、厳しい指摘もあって、やや緊張したものであったのに対して、後半での応答は、和気藹々な雰囲気のうちに進み、「講座」が閉じられました。

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