図書館ブックフェア“記録・記憶”  油井大三郎氏講演会
戦争をめぐる記憶と記録の対抗−日米戦争から対テロ戦争まで−

 今年度の図書館ブックフェア(テーマは“記録・記憶”)の講演会が、去る2月13日(土曜日)、油井大三郎氏(現東京女子大学教授、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授、本学園1964年卒)をお招きし、標記の演題にて催されました。油井先生のご専門は、アメリカ現代史・日米比較文化論で、日米関係を中心とした現代国際関係史を研究なさっていらっしゃいますが、今回のブックフェアのテーマにまさにぴったりのお話をお聞きすることができました。以下、簡単にではありますが、講演会の報告をします。

 まず導入として、歴史を勉強することの意義、歴史学の意義についてお話しいただきました。そもそも、勉強とは、受け身としての知識の詰め込みような苦役としてあるものではなく、黒人奴隷であったフレデリック・ダグラスの例が示すように、本来的には「学ぶこと」=「解放」であるはずで、グローバル化された現代において個性的・創造的な資質が求められているのも、「学ぶこと」の本来性である、能動的な自己開発の大切さが言われていると理解できようとのことでした。そして、歴史を学ぶとは、その自己開発にかかわる「自分探し」であり、自分が「どこから」来て、「どこに」行くのかを、時間と空間における二重の意味での異文化研究として学ぶこと、すなわち、経験的動物としての人間が過去の「記憶」・「記録」を参照しつつ、現在の社会・世界の中での自分の位置を確認することによって、自らの行動選択について学ぶことが歴史を学ぶことの意義であると説かれたうえで、本論に進まれました。

 本論では、演題である「戦争をめぐる記憶と記録の対抗−日米戦争から対テロ戦争まで−」について、「日米戦争をめぐる記録と記憶の抗争−スミソニアン博物館での原爆展示論争」、「日米戦争における記憶と記録の結合−日系人のリドレス運動の場合」、「対テロ戦争における記憶の相克」という3つのトピックを立てられ、それぞれについての映像資料を見せていただきながらお話が展開されました。

 最初に取り上げられたのは、原爆についての多角的な展示を試みようとしたスミソニアン博物館の企画が、元兵士や政治家の反対運動によって実現されなかったという出来事(1995年)です。この原爆展示をめぐる論争は、アメリカが戦った第二次世界大戦は「よい戦争(Good War)」であるという「記憶」や、原爆によって戦争の終結が早められ、日本本土での戦闘が回避されて「助かった」という米兵の実感としての「記憶」に対する、米国の歴史家たちの新たな史料=「記録」による対抗だと言えようとのことでした。結果として、「記録」が「記憶」に負けたということで、「記録」の発掘によるより客観的な歴史解釈と元兵士などの個別的な「記憶」の統合の困難さ、体験に基づく「記憶」の修正の難しさが浮き彫りにされたのだが、そのことの背景にはナショナルな「記憶」の壁というものが強固にあることを指摘されていました。

 次には、日米戦争下において米国本土の約12万人の日系人が「敵国人」として強制収容された出来事が取り上げられました。日系人は西海岸に多く住んでおり、日本軍がその西海岸に上陸した場合に、日系人たちが日本軍に協力することを恐れて強制収容されたのですが、3人の日系人は、強制収容を違憲として提訴したのです。裁判では、強制収容は「国防上必要」であるとして、3人は敗訴し、収監されました。収容者たちは戦後になって、沈黙を守り、米国社会への同化に努力を傾けましたが、収容体験のない日系3世は、強制収容は違憲であったとして、謝罪と補償を求める再審要求の運動=「リドレス(Redress)運動」を起こしたということです。そして、議会に調査委員会が発足され、歴史家によって史料が発見されるなどして(強制収容の必要性を否定する文書の存在が明らかとなる)、再審裁判で勝訴することができたそうです。勝訴の背景には、1960年代半ばに公民権法が成立したことや、日系人=米国人だとする「ナショナルな共感」もあったのですが、収容者たちの体験=「記憶」が発掘されるとともに、新たな「記録」も発見され、両者が結合されて、歴史的な達成に至った例であることを教えていただきました。

 さらに次には、2001.9.11の同時多発テロに端を発する「対テロ戦争」についてのお話になりました。ブッシュ政権は、パールハーバーを想起させ、第二次世界大戦=「よい戦争(Good War)」の「記憶」を動員して、自らを「文明」の高みにある側とし、テロリストを「正義」、「自由」に対する敵と位置づけて、愛国心を高揚させ国民の結束を訴えて、「対テロ戦争」を遂行したということです。「対テロ戦争」の一環としての対イラク戦争でも、フセインを「中東のヒトラー」視したり、「イラクの民主化」を日本に対するかつての占領政策と類比させたりすることで、第二次世界大戦の「記憶」が呼び出されていたということでした。しかしながら、イラク占領が泥沼化することで、ベトナム戦争の「記憶」が再生され、愛国心の高揚や国民結束にも翳りがでてくるようになり、2008年の大統領選挙で共和党的に敗北をもたらしたと言えるだろうとのことでした。そして、ここには「記憶をめぐる闘い」があって、大量の若者が死ぬという「悲劇の記憶」が強くなると、戦争抑制につながるが、他方、国家は「勝った記憶」、「よい戦争(Good War)」の「記憶」を強めることで、次の戦争にむけて「英雄の記憶」を構築し、国民が好戦的になってしまうものだとおっしゃっていました。

 最後に、「リドレス(Redress)運動」の例が示すように、人種の壁を越えるナショナリズムがあっても、近代以降の戦争をめぐる「記憶」においては、近代国家=国民国家であるが故のナショナルな壁が強固にあることは否めないとおっしゃりながらも、「対テロ戦争」において米国中心の記憶形成の限界も見えてきているのではないかと指摘されました。そして、グローバル化時代においては、トランスナショナルな「記憶」が模索されていかねばならないと提起され、その具体例として、沖縄に建立された「平和の礎(いしじ)」やEUにおける取り組みを紹介されました。敗戦50年を記念して建立された「平和の礎(いしじ)」には、沖縄戦での戦死者が国籍を問わずすべて記名されているそうです。EUの取り組みとしては、第二次世界大戦の終戦記念行事を共同開催したり、共通の歴史教科書がつくられていたりして、「民族教育」から「地域・人類教育」への動きが着実に進んでいるとのことでした。また、日本と米国の戦争の「記憶」の今後については、オバマ大統領が広島および長崎を訪問することの前提として、鳩山首相がパールハーバーを訪問することが必要ではないかと提言され、トランスナショナルな「記憶」のためには、相互性ということが重要であると述べられて、お話が終わりました。

 講演終了後、生徒たちからの活発な質疑にお答えいただき、予定の時間を大幅に超えて講演会を終了しました。講演会が終了してからも、先生を取り囲んで生徒たちの質問が続き、5時過ぎになってようやくお開きとなりました。とても有意義で、「記憶」に残る時間となりましたことを、油井先生に改めてお礼申し上げる次第です。活発に質問してくれた生徒諸君にも、どうもありがとうと言います。

(文責:図書館・鳥居明久)

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